お客様紹介

姫野一郎商店 様

大分県の特産品でもあり、私たちの食生活に欠かせない乾ししいたけを、長きにわたり商ってこられた、大分県竹田市のしいたけ問屋、「姫野一郎商店」五代目社長、姫野武俊さまにお話をうかがいました。

大分発祥の「しいたけ」を商いに

姫野様

原木しいたけの栽培は、約四百年前江戸時代初期に大分で始まったといわれています。
竹田はクヌギの森が多く、寒暖差が大きいなどしいたけ栽培に適した風土だったこともあり、生産が盛んだったそうです。

弊社では明治の終わりごろ二代目が乾ししいたけなどの山産物の取り扱いを始めました。
出汁が取れそのまま食べられる乾ししいたけは重宝され飛ぶように売れたと聞いています。
当時すでに乾燥させることによって栄養分や旨味成分が増すことがわかっていたそうです。

貴重な食材だったのですね。

時代に合わせて変化した包装形態

乾ししいたけの包装に弊社の石灰乾燥剤(ドライカル)を長く使っていただいておりますが、以前に比べ小さなサイズが増えましたね。

姫野様

乾ししいたけの鮮度保持は、基本的には湿気を防ぐことです。出荷までは、社内の低温倉庫で温度や湿度を徹底管理しています。袋詰めの商品にはドライカルを使っています。

当初は、乾ししいたけをそれこそ大きな箱に入れて業者に卸していましたので、業者に届けるまでの品質保持を考えれば良かったのですが、百貨店でギフト用の商品を手がけるようになって、お客様の手元に届くまで、また届いてから一定期間の品質保持をする必要が出てきました。

その後、核家族化や個食が進み、量より質、食べ切り、使い切りサイズが求められるようになり、徐々に一袋あたりの容量が減り、それに合わせてドライカルのサイズも小さくなっていきました。

なるほど、時代と共に商品形態が変わっていったのですね。
昨今の乾ししいたけの消費動向はいかがですか。

乾ししいたけ離れの要因

姫野様

近年の日本国内の乾ししいたけへの世帯あたりの支出額は、おおむね減少傾向で推移しています。

乾ししいたけに限らず乾物と呼ばれるものは、「水で戻す」というひと手間がかかりますから、忙しい現代においては生活スタイルにそぐわなくなっているのだと思います。
また、中国産椎茸の輸入量の増加、菌床栽培などの普及により、おいしい乾ししいたけを食べる機会が少なくなったことも一因かもしれません。

それと、乾燥する際に一気に高温で熱をかけてしまうと乾燥はしますが、水で戻した時に柔らかな状態に戻りません。
スーパーなどで安価な商品を購入されて、「乾ししいたけは水で戻しても硬くておいしくない」と感じられる方も多いのではないでしょうか。

本物の乾ししいたけを食卓に

姫野様

ただ、このままでは、乾ししいたけの持つ、旨味や食物繊維、栄養価などを活かした食文化を絶やすことになってしまうので、本物の乾ししいたけを広め、食文化を育て、伝えなおす責務を感じています。

広め、育て、伝えるために、どのような工夫をされていますか?

姫野様

弊社で取り扱っている乾ししいたけは、大分県産を中心とした純国産のしいたけです。加工品も然りです。
生産者さんと信頼関係を築き、本物を見る目を養い、最高品質のしいたけだけを選び抜くという姿勢は、昔も今も変わりません。

そんな私たちだからこそ、本物のしいたけが日々の食卓に上るよう、特に、若い世代に手にとっていただけるよう、使い勝手の良い商品、レシピ開発、手軽に食べることのできる加工品などの商品開発を手がけています。
そして、それらを伝える方法としてSNSなども活用しています。
数年前にスタートしたオンラインショップはリピート率が高く、「おいしさ」や「思い」が伝わっていると感じます。

課題の解決と世界への挑戦

今後の課題はございますか?

姫野様

原木栽培の乾ししいたけの生産量は減少傾向にあり、竹田地区でも生産者の平均年齢が七十歳を超えるなど生産者不足が深刻です。
リタイアされた方の新規就農がなくはないですが、それでは先行きが安定しません。
今後は、生産の分野、生産者の育成も手がける必要性を感じています。

そして、日本は今後人口が減少していきます。まさに「口数」が減っていくわけです。
まずは、乾ししいたけを食す習慣があり、日本の乾ししいたけの質の良さ、価値を分かってくださる方が多くいらっしゃる、シンガポール、香港、台湾などの販路開拓に着手しています。

取材協力

明治十年創業の椎茸問屋

株式会社 姫野一郎商店 様

大分県大竹田市大字会々2718
電話:0974-63-2853